「呪詛返しされた側の末路、知ってますか?」
高校生の頃、俺は某チェーン店な牛丼屋でアルバイトしていたんだよ。
前やっていたスーパーに比べたら全然よかったし、9時には退勤させてくれたから正直満足していた。
家からの距離はそこそこあったものの、通っていた高校からは近かったので平日とかは学校から真っすぐに向かっていたんだ。
その日も9時退勤して「明日は休みだぞ!」とか思いながら自転車に乗って帰路についたんだけど、その途中にある神社に目がいった。
そこは住宅街の奥の方にあって、俺の帰り道からだと鳥居が見える程度なんだが、その時は少し状況が違っていた。鳥居の奥で何か光っているのが見えたんだよ。
朝出勤なら毎回バイト帰りに俺が毎回賽銭を入れてたとこだから、夜中でも案外と抵抗が無かったんだよな。うっかり、というべきかその神社の鳥居のほうまで近づいちゃったんだ。
するとどうだろう、俺が何の明かりかと思っていたのは「蝋燭」の火で、それを頭に括った女が棒立ちしているという異様な光景がそこにはあった。更に女の足元には何故か茶碗に盛られた白米があり、
その周りでは鼠? と思われる小動物が何匹か転がっていた。恐らく死んでいる。
その光景に思わず息を吸い損ねるような音を出した俺は案の定女に気づかれて
「け……ケー、ケー」
と変な言葉を発しながら足元のご飯を持ち、俺に向かって近づいてきた。
声にならないような悲鳴を上げながら必死にチャリをUターンさせて、俺は帰路へとまっしぐら。
帰り道は車通りもそこそこな道路なんだけど、何分田舎町なもんだから夜になると驚くほどに何も走らないんだな、これが。
俺の心中はもう「見てはいけないモノを見てしまった」って気持ちで一杯で、人生史上最大の速度でペダルをこいでいたと思う。
しばらく走ると、行きつけのコインランドリーが見えてきた。
見慣れた光景にホッとした俺は自転車もいつもの速度に戻り、コインランドリー前の橋を渡っていたんだ。
すると
『カンコン、カンコン、カンコン』
と異様な音が聞こえてくる。
俺の自転車に合わせたようなリズムで何か、芯の無い鉄棒を叩いたような音だった。
そこで近くから聞こえていることに気が付き、何が音の原因かを突き止めたとき、絶句した。
結果的に言うと、音の原因はその橋の「高欄」っていうんだっけ?
あそこの外側をハシゴみたいに両手両足を使って走るあの女がいた。
更に何が怖いって、俺の自転車速度に追いついているのもそうだけど、何よりも一度も俺から目を話さずに猛スピードで
『カンコン、カンコン、カンコン』
って、血眼になって追ってきてたんだ。
俺はもう本当に発狂して出来るだけ「そっち側」を見ないようにして自転車をこいだ。
幸いと言うべきか、そんなに長い橋じゃなかったし、外側から内側に入れるような場所もフェンスが邪魔して通れないような構造になっていた。
何とか家に着くことが出来た俺は玄関のドアに鍵をかけて、台所にあった包丁を装備して、スマホで近所の寺の電話番号を調べた。
もう藁にもすがる思いで色んな寺に電話をかけまくった、夜の10時近くだって言うのに。
更にバカだったのは俺が無知だったこと。俺がかけた寺からはことごとく『お祓いは出来ません』って言われてしまった。
寺も神社も一色単にしていたから、どこでもお祓いをしてくれると思ってたんだなこれが。
結局、八方塞がりで青ざめていると最後にかけた寺の誰か(住職だとは思うけど)が「寺ではお祓いをしていないけど、神社でなら話を聞いてもらえるかもしれない」、
と教えてくれた。
正直なところ、今回の発端も神社だし、神社とはもう関わりたくない思いで一杯だった。
しかしながら背に腹は代えられない、そう思ってその夜は布団を被って大音量で音楽をかけ、電気を点けっぱなしにしながら眠った。
次の日、俺は朝一番に近くの神社(ちゃんと人の居る)へと足を運んだ。
財布にはそれなりにお金を詰めてきたし、ぼったくられてもいい。命あっての物種、逆では無い。といった思いでそこの神主に会って、
「とにかく祓ってください! お願いします! 丑の刻参りを見てしまったんです!」と頼んだ。
すると神主は
「祓うも何も、貴方からは何も感じられません。まずは事の経緯を話してください」と、冷静に返されてしまった。
それで俺もハッと頭を冷やし、一から全てあの女とのことを話した。
神主は「なるほど」と言ってよく分からんお札を一枚渡してくれた。
「これは?」
「これはただの気休めです。今から祓うのでは無く、縁を切らせていただきます」
何を言っているのか分からなかったので、詳しく話してもらった。
以下、その時の会話を思い出せる範囲で書きだすから言葉が滅茶苦茶だったり、読みづらかったらすまん。
「俺さんが見たのは丑の刻参りであり、丑の刻参りでは無いのです」
「どういうことですか?」
「丑の刻参りと言うのは知っての通り、頭に五徳と蝋燭をつけて藁人形に釘を打ち付ける。しかしながら、
その話を聞くにそのような動作はしていなかったようですね」
「確かに、視力が悪いので藁人形があったかどうかまでは分かりませんが、女は棒立ちでした」
「そこです。その時点で丑の刻参りの最中では無かったのです。
確かに藁人形を使わなかったり、蝋燭を利用しない地域もあるそうですが、
行動自体をしていなかったというのなら、呪っている最中とは思えないのです」
「じゃあ何をしていたんですか」
神主はふっと一息つくと、「ここから先は私も話しでしか聞いたことの無いので、絶対とはいえません」
とだけ前置きをし、話し始めた。
「『橋姫』という妖怪、もしくは人物を知っていますか? 彼女の行った丑の刻参りこそがその正しいやり方の一つなんですよ。
結局は陰陽師に頼らざるを得ない、そんな力を持たせた儀式なんです。しかしながら、現代における儀式は不完全なんです。
現代ではゲタやカタナを入手すること自体難しいですから、完璧な儀式を成し遂げようとする執念があればそれだけで呪い殺せると思いますよ。
それも原因で「呪詛返し」という難点が浮いてしまっています」
「じゃあ、俺が見たことで呪い返されることを恐れ、追ってきたとか? にしては人間の速さじゃなかったんですけど?」
「それはそうですよ、俺さんの見た女性は既に人間ではありませんから」
それを聞いた時、分かっていても背筋が凍った。
「呪詛返しされた側の末路、知ってますか?」
「えっと、見た人を殺さなきゃ自分が呪われて……どうなるんです?」
「そう、分からないんですよね。しかしながら私の知っている限りでは『彷徨い続ける』と伝えられています。
なのでその女性は既に呪詛返しを受けた存在なんだと思います」
神主が言うにはそのような存在は霊とも悪霊ともとらえず、異形のモノとして扱うらしい。
「そして彼女は貴方に食べ物を与えようとしてきたんですよね」
「はい、当然食べませんでしたけど」
「そうですね、食べてたらその時点でどうしようも無くなります。詳しくは……」
その後の話は専門用語? ヨグイ? ヨモイ? とかよくわからん言葉が多すぎてあまりちゃんと聞いていなかった。
結局、俺は縁というものを切って貰い、「縁が出来たお蔭でそういうものに干渉されやすくなっています。
これからはその神社に近寄らず、心霊スポットなどの怪しい場所にも行かないこと」
とだけ約束をした。
それからはその女を見ていないし、そういう場所にも近寄っていない。
でも未だに頭に焼きついたあの目と顔だけは離れないんだ。
リュックや衣服が鉄の何かにぶつかって音を立てるたび、思わず音のした方を凝視してしまう。
またあの女じゃないか、ってね。